2017年3月4日土曜日

函館にて②(2017年2月)

「曇つた日だ。立待岬から汐首の岬まで、諸手を拡げて海を抱いた七里の砂浜には、荒々しい磯の香りが、何憚らず北国の強い空気に漲つて居る。」

函館の大森浜を舞台とした啄木の半ば自伝的な小説「漂泊」の冒頭場面である。今は跡形もなく消えてしまっているが、大森浜にはかつて砂山があり、啄木はしばしば友人らとここに来て、文学を談じながら海を眺めていた。
さて、この未完の小説にはまた次のような場面が描かれる。

「三台の荷馬車が此方へ向いて進んで来る。浪が今しも逆寄せて、馬も車も呑まむとする。呀と思ツて肇さんは目を見張ツた。砕けた浪の白泡は、銀の歯車を巻いて、見るまに馬の脚を噛み、車輪の半分まで没した。小さいノアの方舟が三つ出来る。浪が退いた。馬は兵器で濡れた砂の上を進んで来る。」

ロシア文学の影響下で書かれた「漂泊」のこの場面も、啄木がじっさいに大森浜で見た風景を再現したものではなく、外国文学からヒントを得て構想されたものだろう。



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